青間が広がる秋の朝。北風は少し強まってきたものの、まだまだ心地いいと思える程度のものだ。
だのに、このムカムカ。
今日のこの嫌気の原因はわかっている。ヤツだ。あの転校生のせい!
地味で冴えないヘタレやろーかと思っていたのに、初対面からあの図々しい態度ったらない。
ただでさえ他の男子とはあまり口をきかない私に対して、彼は
「笑ったほうがいい」
なんて説教めいたことを言い放ち、そしてそれを忘れたかのように今日も普通に登校している。
隣で授業道具を机にしまう彼を見て、フンと目を逸らした。
でもよく考えてみると、あんな風に男子に声をかけられたのなんて久しぶりだ。
このクラス含め私を知る男どもは、長年の付き合いで私の「資質」を知っているため、用がある時を除き話をすることはめったにない。
もちろん昨日のアレも用があるからだったのだろうが、このクラスの他の誰でもない「私」に話かけてきた彼の勇気を称える。
知らぬが花、とも言うしね。そのうち彼も私のことを「怖い女」とでも呼ぶのでしょう。
実際、不機嫌に見えるとか言われたし。
ぼーっとそんなことを考えているうちに授業が始まり、見覚えのある担任の顔が黒板の前に居座った。
「あーテストも終わってしばらく経つし、気分変えて席替えでもするか。前のやつからクジ引いてけー」
突然キャーと盛り上がるクラス内。
当然だ。好きなあの方がクラスにおられる少女にとって、席替えほど日常の中で大切なイベントはない。
席の近さ=新密度と言っても過言ではない。
らしい。すべて友人からのうけうりだけど。
「ねぇ私のもついでに引いてきてよ。一番後ろの席だから立つのダルい」
「え、そんなんでいいの?別にいいけどー」
前の席のおなじみの彼女に運命をたくし、私は隣を見ないように机につっぷした。
「21番」
「さんきゅー」
この間やったの小テストの紙の裏にマジックで書かれた数字をちらりと見る。
興味なし。鶴でも折っちゃおう。
「ねぇ結果出たよ。それくらい見に行こうよ」
しばらくして夢中でテスト用紙製の鶴を折っていると、あきれた友人が私を呼びに席まで来てくれた。
そこまでしてイヤと言う理由もないので、大人しく黒板に掲示された席順を見た。
「にじゅういち・・・」
「あ、おれ22」
バッと後ろを振り向くと、昨日から私を苦しめてやまないヤツの顔があった。
「また隣だね。よろしく」
どうにも反応のしようがなく、私は小さく「はあ・・・」とだけつぶやいた。
しかし心で前の席の彼女のことを呪ったのは言うまでもない。
「菊池くんてさーあ、テニス部入ったの?なんか見学来たって言ってたよお」
「あーうん、前のガッコでもやってたから。ここって強いの?」
「んー私はよくわかんないんだけど、サワコ、どう?」
ギクリ、と身を震わせた。なぜ話題を私にふるの!
前の席から私の斜め後ろに変わった彼女から持ち寄られた会話に、私は心底戸惑った。
「・・・知らないよ」
「ええ、だってサワちゃんテニス部じゃん。幽霊だけど」
「あ、そうなの?だから部室のある方知ってたんだ」
ふーんと勝手に納得するヤツは無視して、私は自分を会話からはずして頂けるようにノートに目を落とした。
「なんで部活出ないのー?大会とか応援行くのにい」
そんなんあなたも部活してるから応援とか無理でしょ!
口に出しては言わず「なんか飽きたから・・・」と返す。
「あんなに必死にやってたのに?もったいないよ〜この際菊池くんと一緒に再出発したら?」
なんちゅうことを言い出すのか、と思ったら。
「あ、いいね。おれまだわかんないこと多いからテニス部の伝統とか教えてよ」
だって。もう、本当にいい加減にして!
私のことなんかいいから2人で会話を楽しめばいいじゃない。
だのに妙にナレナレしく私にからんでくる新参者。不快を通り越して憎かった。
私なんてこのクラスで全然目立つような存在じゃない。
男子はみんな私を避けるように過ごしてるし、仲のいい少数のコ意外は女子ですら私にあまり話しかけたがらないのが事実だ。
それなのに今日は一体どうしたというのか。
ふいに現れた一人の猫っ毛のおかげで、私はむりやりとはいえ2人の会話の輪に入っている。
昔の友達が見たら驚くだろうな。
そんなことを思いながら気の無い返事を繰り返した。
「きっと私の方がわかんないから。そこらの男子とか、一緒の男子部員とかに聞いたらいいじゃない」
「え〜でも・・・」
反論しかけようとしたその時、ふいに背中越しに影を感じた。
振り向くとそこには
「お前らなんのために机くっつけてんだ。ちゃんとこの問題について話し合えって言ったろ!」
と、担任の喝が入り、ようやくこの不思議なメンバーの座談会はおひらきとなった。
このときばかりは「ナイス担任」と心で褒める。今が授業中で本当によかった。
そして机を元に戻し、あらためて授業に集中し直した。
しかし時々、ちらりちらりと隣からの視線を感じた。
私の気のせいか?
でも確かめたくても、隣を見ることはできない。
目が合うことを恐れて、隣どころか黒板から顔をそらすことすらできなかったのだから。
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