「ねぇ普通の子だったね。やっぱり漫画みたいに美少年が転校してくるなんてありえないんかなぁ」

 突然思い出したように前の席の彼女がわたしに切り出した。
 予想外だった社会の授業を乗り越えると、次の体育のために男子はワラワラ外に流れ出て行った直後だった。
 この時間だけ、この教室は女子専用の更衣室となる。
「ふつう、ってのがいまいちわかんないんだけど」
「ん、なんかどこにでもいそうな感じじゃん。てか普通よりもっとナヨナヨしてそー」
 ガッカリーとだけ言い残して彼女は他の友達のところへ駆けて行った。

 まぁ確かに、冴えない感じのヤツだった。

 今しがた男子の波につられて出て行った転校生を思い返してみる。
 身長はきっとわたしと同じか少し大きいくらい。
 クラスの他の男子を考えてみると、育ってるやつはもう軽く170cmを越えているし、そうすると小さい部類に入るんだろうか。
 顔は横顔だけでよく見えなかった。けれど、少し前髪が長かったような気がする。

 そこまで考察して気付く。

 ・・・なんでそんな彼を気にしてるの、わたし。

 同じクラスの毎日見る男子のことなんかより、ずっと彼のことを詳しく描写できる自分を奇妙に思った。
 男子なんてわあわあはしゃいでるだけのガキだ、と思ってたから、ずっと気にしたことなんてなかった。
 それなのにどうして?今日やってきたばかりの新入りがどうしてこんなに気になる?
 新入り。そう新入りだから。

「珍しいんだ。きっと。」

 ポツリ、口に出すとなんとなくそんな気がしてきた。
 そうだ、そうだよ。ここ数年転校生なんていなかったから、単にめずらしがってるだけ。
 そうに違いない。

 よし、問題は解決。

 そう自分にケリをつけて、私はその日の授業をずっと前を向いて受けた。



 いつもと変わらぬ毎日が、当たり前のように過ぎる。
 別に楽しくないとか辛いとかじゃないけど、ワクワクするとか、そういう楽しみは無い。
 けれど別にそれを望んでもいないし、欲しいわけでもない。
 今はそう、そのままでいい。

 そんな私の考えを逆撫でする出来事が起ころうとは、その時には考えもつかなかった。



 冴えない転校生が来て早2週間。
 その間に長かったテスト期間も終わり、みんなようやくいつもの学校生活を取り戻した喜びを一心に受け止めている感じだ。
 1週間のテスト期間中は授業も早く終わったり、自習だけだったりするのでかなり楽だ。
 もちろん楽だと思えるのは私が早めにノート整理を終えていたおかげであり、準備の遅いキリギリスさんはしばらく鬼の形相でノートに向かっていたけど。
 まぁそれすらどうでもよくなっているオバカさんもいる。とわいえこの高校、いちおう進学校だ。
 この時ばかりは突然の転校生に華やいだクラスも氷山と化す。学生にとって初夏の長い冬だ。
 そんな辛い冬を越え雪解けを得た生徒たちはこの自由な時を満喫しているというわけなのだ。

 そんなある日。

 終了のチャイムと共にバタバタと教室から出て行く男子どもを見送り、私は早々と帰り支度をはじめていた。
「もう帰んの?」
「うん」
「部活は?入ってないの?」
「ううん、入ってるけど行ってない。幽霊してんの」
 事実だった。入学した勢いで友達と入ったテニス部。ここ3ヶ月ほど顔すら出していない。
 初めはそこそこ楽しく練習していたけど、9月の新人戦のあたりから少しずつ巧拙の差が生まれ、レギュラー争いも激しくなってきた。
 友達同士で仲良くラリーしているだけで満足だった私はここぞといった特訓をするわけでもなく、案の定レギュラーから外れ、だんだん練習すらめんどくさくなってしまった。
 ここが私のダメな所だとは重々承知している。なんでも適当適当と言い、こだわりをもたない。執着心がない。
 親にも散々文句を言われたが、もう性格になってしまっているので治し様がない。
 ここでもまた周りの方々の妥協が発生し、私はのうのうと勉強だけの学校生活を送っている。
「ふーん。でもヒマじゃない?学校終わってから結構長いじゃん」
「でも友達と一緒だから。同じ幽霊の子が遊んでくれんの」
「あ、じゃあ楽しいね。いいなぁ、私も部活無かったらいっぱい遊べるのになぁ」
 ぷうとふくれる前の席の彼女はバレー部。最近は学校内で美少年と出会う可能性を見切ったらしく、他校の生徒とつるんでるとかなんとか。
「いいじゃん、部活頑張っといでよ。総体は絶対見に行くからさ」
「本当に?じゃあレギュラー取れるようにがんばるね!んじゃ、また明日!」
 そう言って彼女はクラブハウスの方にパタパタ駆けていった。
 ほう、とため息をつき、途中だった帰り支度を再開する。
 
 嘘を付いたわけじゃない。確かに同じ境遇のテニス幽霊部員の友達と一緒に帰るときもある。
 でもその子は今日新しくできた彼氏と映画に行くそうだ。先週の帰り道嬉々として語られた話を思い出す。
「告白されたから、OKした。けっこうカッコイイ人だったからさ、よく知らないけどいいって言っちゃった。でも好きだからいいの」
 ふーんと冷静を装って対応していたが、内心はかなり困惑していた。
 恋ってそんなものなのか?相手を知らなくても、外見だけで好きになれる?好きってそんなに軽いものなの?

 もうわけわかんない。

 こんがらがる思考回路。無駄に巡る考え。
 嫌気がさしつつ学校指定の青いカバンに袖を通し、私は教室を後にした。



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