「ねぇ、あなたは恋してるの?」

 やめて。
 やめてよそんなこと聞かないで。
 ほんとに、正直にわけわかんない。そんなこと聞いてなにが楽しいっていうの?なにが嬉しいっていうの?
 いつもこうだ。わたしには理解しがたい。
 胸が高鳴るって何?
 ドキドキして苦しいってどういうこと?
 恋愛っていったいどういうもの?それは、感情?刺激?それとも娯楽?
 みんな経験することだっていうけど、わたしにはまだわかんない。


 だって恋を、したことがない。


 それを誰にも言えない、奇怪な悩みだと思ってた。
 まわりの友達は中学に入ったころから急に華やぎだして、頬を染めて私に想い人を打ち明ける様子は素直に可愛いと思った。
 でもどんなにその気持ちを熱弁されたところでわたしにはその経験がないから相談に乗りようがなく、ついには

「もういいよ。」

 と、諦められたことも多々あり。確かにね、悪いなと思うよ。
 だって全く共感できないんだから反応の仕様もないの。
 段々冷めていく友の顔を何度見送ったことか。
 
 自分はおかしいのか?って真剣に考えたこともあったけど、それ以外の日常に別段支障はなかったからそのままにしておいた。
 すると回りもかってを学んだらしく、わたしの前ではそういった系の話を避けるようになった。
 全く好都合、ってわけでわたしは生まれて16年、イロコイ話にまるでかかわらないまま生きてきた。
 そのころともなると自身でもだいぶ抗体がつき、いちいち異常だ、と考えることもなくなった。
 
 恋なんかしなくても、楽しけりゃいいじゃん。
 
 そうね、まったく、そのとおり。
 
 その考えを後のわたしは皮肉って肯定することになる。



恋愛感覚



「転校生?」
 ぼんやり空を見上げていたわたしは前の席の友達に聞き返した。
「聞いてなかったの?今日、来るらしいよ。男の子だってぇ」
 ふーんと適当に相槌を返して、ようやくわたしはカバンの中身を机にしまい始めた。
「興味なさげ〜!けっこうこの時期に転校って珍しくない?美少年だといいなぁ」
 うふふーとのんきに笑う友達を見て小さくため息。
 なぜそんなに期待してるんだ。男と決まれば即その対象か!!
 最低な勘違いだとは思うけど、どうしても考えてしまう自分がイヤ。ああもう!勉強に集中しよう。
 そう決め込んだわたしは筆箱とノートを取り出し、テスト範囲のまとめを始めた。
 勉強は嫌いだけど、こういった時には結構役に立つ。
 ノートを開くと対外の人は「あ、切羽詰ってるんだ」と話しかけるのを遠慮してくれるようになるからだ。
 ただしこの手はテスト前にしか使えないから要注意。普段やってるとただのガリベンと思われる。

「はーい、今日は転校生を紹介するからー。みんな注目なー」

 そしてこの手にはもうひとつ利点が。こういった関わりたくない先生のお言葉も総無視することができるからだ。
 転校生?知らん知らん、わたしはわたしのことをやるの。
 その誓いどおり、それ以後のわたしの意識はすべて1次方程式に回された。



「じゃあチャイム鳴ってないがそのまま授業にするからー。ノート出してー」
 げぇーというクラスメイトの声が響く。丁度いいところまで数学のまとめが完了したところだったので、わたしもようやく意識を外界に戻した。
 そこでハタと気づく。せっかく次の授業に合わせて数学を、と思っていたのによくみればそこには見慣れた担任の姿。
 担任の小橋、担当社会。
 とんだ勘違いにわたしもクラスメイト同様焦って教科書とノートを探した。

カラン!!

 何かが床に落ちた音。すぐに自分のシャーペンが音源とわかった。
 慌てて机の下を覗き込む。でもすぐには見つからない。
 ふ、と隣を振り向く。いつもは空いているはずのその席に、「彼」はいた。

「ハイ」

 自然な動作でわたしのミッフィーシャーペンを拾って手渡してくれる見知らぬ男子生徒。
 とっさに、ああ転校生か、と考え付き、動揺した胸を撫で下ろす。

「あ、ありがと」

 身構えていなかったせいで声が上ずってしまった。かっこわるい。
 しかめた眉を隠すように、わたしは前を向きなおした。
 いつ?いつ隣に座ったの?いくら勉強に熱中してたからって、気づかないか?わたし?
 前の子だってちょっとくらい反応してくれればよかったのに。
 ああ、美少年じゃなかったからね。
 失礼極まりない結論にたどり着いた後、もう一度ばれないように右隣りを気にした。

 少し色素の薄いくせっ毛。陽の光に透けたそれはおそらく普段より茶色く見えていたはずだ。
 その上猫背らしく、体を丸めて字を書く姿は他の男子よりも少し小さく見える。

 なんだか、情けないヤツだなぁ。
 結局失礼な結論のまま、わたしもようやく授業にまじめに参加し始めた。

 どこかで、右隣の息吹を感じながら。

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